”私”の本体は、スマホだった話
スマホを忘れたとある人間の一日の記録
5/20のこと。
とあるインタービューに協力のため、
私は朝から淡路島へと移動しました。
ところがですね、
家を出て駅に向かう途中に、ハタと気付いたんですよ。
スマホ忘れてる
珍しく、財布を持っていたし、現金も十分。
取りに帰っているとバスの出発時刻に遅れそう。
※長距離バスなので1時間に1本あるかどうか
目的地へのルートも、
降車するバス停の名前も憶えていたので
(ま、なんとかなるっしょ)で、GOしたのでした。
駅で券売機に現金いれて乗車券を買い、
紙の乗車券を改札機に通して、出てきたものを受け取って。
ひさびさの触感に、わくわくしました。
そして
目的地まで、ちゃんと紙の乗車券をなくさないように持っとかないと!
ちょっと緊張w
三ノ宮バスターミナルで、乗車予定のバスを待つも、
工事渋滞にハマっていたようで、なかなかこない。
暇・・・と思って、つい、スマホを探してしまうこと2回。
いや、だから・・・
スマホ持ってませんから(苦笑
暇つぶしの道具がまったくないのが、なかなかつらかったです。
結局、30分ほど遅れて乗車予定のバスが発車し
(スマホを取りに帰ってる時間あったなぁ)とは思いつつ
ま、しゃーなし。
ちなみに、神戸三宮から、淡路島に渡るには、
海岸線を行くのではなく、
いったん、山の中の高速道路を通って、明石海峡大橋にアクセスします。
ふだん、交通機関で移動中には
スマホでKindle読んでたり、
思いついたことをメモしたりするんですが
それすらもできない。
外を見てるしかない。
ボーッとしてる間にも、山が切れて、急に大橋が見えてきます。
(晴れてんなぁ~)
スマホ忘れてても、なんとか目的地に向かえてるって
なんかすげーなと思いながら、バスで運ばれること約1時間。
とうとう、待ち合わせのバス停に到着しました。
降車時に見えた車内の時計では、11時すぎ。
到着予定時刻を20分以上経過しています。
お迎えがあるはずが、誰もいない。
・・・周りに、家はある。ちょっと向こうに学校はあるっぽい。
なかなかの田舎っぷり。
うろついても、どうしようもないので
ベンチに座ってお迎えを待つことにしました。
たえることなく目の前を車が走っていきます。
ときどき、鳥の声が聞こえます。
バス停は、海岸線沿いにあったので
たまに、ざぱーん!なんて、波音も聞こえます。
常にそよ風が吹いていて
暑くもなく寒くもなく、ちょうどよい気温。
天気予報がはずれて、とってもいい天気で
パリッと晴れており、日差しをよけてくれるようなものは一切ありません。
日傘持っててよかった。
ちゃんと朝、日焼け止めもばっちり塗っておきましたし。
スマホ忘れてるのに気づいてくれてたらいいなぁと思いつつ、
ボーッと
お待ちしてたのですが
さすがに、もうこれは無理っぽいなと思って、帰ることに。
田舎路線すぎて、ほんと1時間に1本くらいしかバスが走ってないんですよ。
タクシーもほとんど通りがからない。
逆方向のバス停は、向かい側に見えていたので、
そちらに移動して時刻表を見るも・・・
え、今何時なの? わからん
しゃーなし、
太めの道路に合流しようとしてる軽トラにアピールしてとまってもらい
「スマホ忘れてて、時間わかんないんです。教えてください!」ってゆったら
気の良いおじさんが、
「12時5分前だね」って教えてくれました。
よし、帰ろう。
いつのまにか、1時間近く経ってる。
じゅうぶん、待ったと思う。
しばらくしてやってきたコミュニティバスが、
500円だったことにびっくりしつつ、近くのバスターミナルで下車。
バスターミナルではあと15分くらいで、
三宮(新神戸)行きの長距離バスに連結することは
バス停にあった時刻表で確認してたので
さらっと、乗り換えして、三宮に到着。
なんというかバスで大移動してみただけで、
「何もない」一日となったのでした。
めちゃくちゃ、有意義だった。
いつもは、思考が激しすぎて
ボーッとなんてさせてくれないスマホのおかげで
何かを思いついては書きつけたり、
SNSアプリ見ちゃったり、するんですけど
それら一切がなくなったときに
実をいえば、かなり充実していました。
ぜぇんぶから解放されて
ただ、
お空ながめて、
風を感じて
飛ぶ鳥ながめて
通りがかる車の走行音きいたり、
波音きいたり
頭ン中が、ほんと空っぽで
心は凪いでいたし、
時間をわすれて、ぼーっとして。
もはや瞑想。
簡便な言葉でいえば、
デジタルデトックスでしたね。
なんて、ぜいたくな時間だったことか。
めちゃくちゃよかった。
約束してた方と
会えなかったのはしょうがない。
どうしようもないもん。
ちゃんと予定通りのバスに乗ってましたということも、
バスが遅れていたことも、連絡するすべもないし。
家に戻り、スマホ見たらメッセージやら着信やらありまして
申し訳ないことをしたなぁと思いつつ
状況をお知らせしておきました。
心配をおかけしましたが、私はそれなりに楽しんでおりました。
まとめますと、
「スマホを置いて、(にんげん本体だけが)目的地に行く」という選択をしたのが
そもそもの発端なんですけど
スマホでお相手と連絡が取れなくて
結局はお相手と会えなかったことで、
スマホで、即時に連絡がとれない”私”は、
バス停で待ちぼうけをくらっていたわけで
”私”という存在は、
スマホの方が主体なのかもしれないなぁと思ったのでした。
今、AI使って「自分自身」をリアルに再現させるためにいろいろとデータをため込んでいるわけなんですが、
どっちが【本体】なのか、わかったもんじゃありませんね。


